2015-08-12

Voigtländer Super Wide Heliar 15mm F4.5 Aspherical III


   「もう60年くらい経ってるのよ。 もう直し直し使ってるけどねー。 そこの天ぷら屋さんもやめちゃったし。 古いばっかりでねー。」と、「闊達」・「女将さん」といった言葉の似合う、ここに住まわれているのだろう方のことば。 長い年月を経た「愛着」が柔かくその場をくるむように感ぜられたひとときだった。

   はじめてここを訪れたのは2002年頃だっただろうか。 体調を崩し、なんとか長時間の外出ができるようになってリハビリのつもりで、以前から気になっていた東京モノレールの天王洲アイルという駅を目指した日のこと。
   夏の暑い日で、川辺でお昼を食べて歩き出した。 街でもあれば写真を撮ってみようと、海側ではなくとりあえず内陸をめざした。 これと言った目的のない外出ではあったが、歩くうち遠く目線をやっても特に目標物はなく、手元には地図もなく、体力も心許なく、さてこの先どうしたもンかと少々不安になってきた。
   そこに向こうからやってきたのがイギリス人風の、黒っぽい服装で短かめのブロンド・青目でやや小柄な白人男性。 訊いてみた。

   「すみません、ここからいちばん近い駅はどこですか?」
   「あー、たちあいがワでしョぅ?」- と、アメリア英語訛りっぽい日本語で返ってきた。
   「わたしはこの場所は初めてなのでわからないんです」
   「あぁ。そーしたらぁ、ケーキューの立会川ね。 この道をマっすぐ行って、信号がぁ... 4、5つ目の信号を右に曲ガって、100mくらい先を左に行くとスぐに駅デすよ」
   「はい。わかりました。 行ってみます。 ありがとうございます」
   「いえいえ、どぉいたしましテ」

   と、お互い軽く会釈をして別れ、駅を目指したのだった。
   まるで中学校の英語の教科書を和訳したような会話が面白く、その後しばらくニヤニヤが止まらずに歩いた。
   そして「右に」折れる手前にあったのがこの建物。 まだ天ぷら屋さんもやっていたし、女将さんのお店は寿司屋だったのではないだろうか。 今は全てのお店は閉まってしまい想像でしかないものの、最初に訪れて以来、競馬場への通り道にあるこの一角の食堂・料理屋・一杯呑み屋と、長い月日に交わされたであろう立寄り客とお店の人との笑い混じりの会話や賑わう様子を時々思い浮かべてはホッとすような、そうした場所になっている。